本書の著者・志賀勝栄さんの経営する世田谷区下馬のブーランジェリー「シニフィアン・シニフィエ」(言語学の用語で「意味するもの」と「意味されるもの」)、通称SSは、07年のオープン直後からすぐパン好きの間で有名になった店だ。

初めてSSのパンを食べたときの衝撃は忘れがたい。
たぶんパン・オ・ヴァンだったと思う。噛んでも噛んでも旨みが続くパンで、衝撃を受けたことをよく覚えている。SSの店舗のある下馬以外にも、日本橋の髙島屋に売っている。

本書では、パンの起源や歴史、業界の今後の展望など文化史やクロニクルな面と、原材料である小麦、塩の考察、発酵についてなどパン実作の面から書かれている。
この両面からパンについて論じられることは、これまでなかったのではないだろうか。特に、実際に日々パンを作る立場から書かれるクロニクルにはとても説得力がある。

目次
第1章 パンの歴史
第2章 日本のパンの可能性
第3章 小麦粉を考える
第4章 発酵種とは何か
第5章 水と塩の役割
第6章 パンを作る


実作者ならではの説得力

例えば、古代のパンについて書かれた部分。
パンに不可欠な手順として発酵がある。パンを発酵させる手順が始まったのは、6000年くらい前のエジプトにおいてであるという。それまでは膨らませない無発酵パンだった。

古代エジプトで役人や労働者の給料としてパンが支給されていた。それは発酵パンであっただろうと著者は推理する。なぜなら無発酵パンは乾燥するとすぐボロボロに崩れてしまうからだという。

小麦の産地でパンの味が変わる

パンの原料である小麦粉の話も面白い。
作る側にはきっと自明でも、食べる側はなかなか知る機会がない。
フランスの小麦と日本の小麦の成分は、当然のことながら同じではない。その違いはパンの味や焼き方、色までを左右している。

日本の小麦は黄色くて甘い。
それに対し土壌が石灰質のヨーロッパの小麦粉は、グレーがかっている。
確かにフランスのパンはグレー気味だ。灰分が多い方が、味の印象はストレートに出て、味もシャープになるのだそうだ。どちらが良いとかではなく、その土地の気候が育む小麦粉の味がパンの味に直結している。

小麦の成分は7割がデンプン、1割がタンパク質。デンプンは光合成から、タンパク質は根から作られる。
タンパク質が多い方が膨らむパンが作りやすい。ということは、アジアや中東で作る小麦は、日照が多いのでデンプンが多くなり、タンパク質の多い(よく膨らむ)小麦粉が作りづらい。だから小麦発祥の地中東よりも、フランスやドイツでパン作りが発展したのだという。

切り捨てて、おいしくなる

それから、日本のパン業界の特徴についても知らないことが多かった。
日本国内では、製パンメーカー上位21社がパン市場の売上75%を占める(フランスの場合は1軒あたりがもっと小規模だ)。それが個人の店が発展しにくい原因にもなっている。
あと、日本人の主食はコメでありパンではないということも重要だ。日常食ではないので、逆にいえば嗜好品扱いで高いパンでも売れる、ともいえる。

「日本のパンの可能性」の章でも書かれていたが、志賀さんのパンは、突き詰める過程で切り捨てたことがあるという。

その一つは、焼き立てであること。
湿気の多い日本では、パリッと焼いたバゲットもすぐしなっとする。それならば、湿気があっても食感が変わらないようなパンを作れば、日本全国に発送できる。商圏が広がるだけでなく、それが、近所のパン店とも競合しないで生きていける方法なのだという。

次に、美しいフォルム。
志賀さんは、これまでにない食感のパンを作るために、生地に通常より多くの水を入れる「多加水」にした。そうすると生地がでれっとするので、パンはナマコのような形にしかならない。つまりおいしさを取ってフォルムは捨てている。

人と考え方を変えて、新しいものを作る。彼のパンは、「ナリサワ」や「ル・マンジュトゥー」などのレストランにも提供されている。どちらも、市場のパンに飽き足らず、コース料理にパンを出すのを諦めていた店だという。

すべてのことに合理的な理由があり、それを一つ一つ解説してくれる本書は、実作者ならではの圧倒的なリアリティが支えている。

志賀さんは本書の中で、自分の仕事を「エッジを極める仕事」だと書いている。
同じものをずっと作り続けているように見えるが、そうではない。どの時代でもおいしいと感じて頂くためには変え続ける努力が大切なのだと。
可能性を拡張しおいしさの幅を広げていく姿勢が、志賀さんのエッジのきいたパンを生んでいるのだ。