現代のテクノロジーでどれだけヴァーチャルリアリティが身近になっても、料理で決して追体験できないのが、過去の料理を実際に食べること。
昔の料理は、いまどれだけ食べてみたいと思っても、想像するしかない。

もし、そのシェフが今も変わらず料理を作っていたとしても、いま食べられるのは「今の料理」であり、当時の料理を追体験することはできない。

ということに気づいてから、
いま食べるべきものはいま食べておかないと、もう食べられない…
という切実さが、自分の中に増してきたように思う。
気づくのが遅かったか。
でも若いうちは気づかないものである。

弱冠28歳の春田理宏さんが、1年半勤めたTirpse(白金台)を6月末で退職すると聞いたのは、そんなときだった。
次に違う店で春田さんの料理を食べられたとしても、今とはきっと違うものになっているはずだから、"今"の料理を、食べておきたいと思った。
Tirpse_entrance

Tirpseは昼も夜もおまかせ1コースのみ。

本日のコース

アミューズ
・じゃがいものチップスにりんごのパウダー
・パースニップ
・ししとうに紫蘇のパウダー
・ローズマリーの香りの鳩のハツ

前菜・メイン
・根セロリとパセリオイル、発酵
・ホワイトアスパラ、リドヴォ、アンチョビ
・本みる貝、地はまぐり、葉ワサビ、枝豆
・まながつお、筍、からすみ、卵黄
・和牛、茄子、コールラビ、ミント

デセール
・ポン・レヴェック
・パンナコッタ、グレープフルーツ、ヨーグルト、シャンパーニュのメレンゲ
・抹茶のクリーム、抹茶のアイス、ピスタチオ、アメリカンチェリー

お茶菓子

Tirpse_snack1

Tirpse_snack2

アミューズ
中が空洞の軽いチップスと、固い食感のいつものパースニップ。
いろいろな食感とパウダーの香りで、楽しく食べ進めるスナック類だ。
Tirpse_celeriac

・根セロリとパセリオイル
根セロリを揚げたものとピューレと、根セロリを発酵させた、少し酸味のあるスープ。
この、薄味でパセリオイルが浮いたスープが出ると、北欧の取り合わせだなと思う。

北欧のモダンノルディックと呼ばれる料理は歴史が浅く、誰もが知っている名物料理がない。
ということは、そのバリエーションや変奏も生まれない。
そのかわり自由で、お店ごと、料理人さんごとにぜんぜん違う料理が出る。
それなのに、どこかに「北欧っぽさ」が何となく出るから不思議だ。
例えばこのスープのような、製法や素材の取り合わせで共通の料理もあったりする。
Tirpse_giantclam

・本みる貝、地はまぐり、葉ワサビ、枝豆
魚介類に葉物、も北欧ではわりとある取り合わせ。
見た感じも味も北欧テイストなのに、よく考えると、食材はどれも和食でポピュラーなものばかりが選ばれている。
Tirpse_whiteasparagus

・ホワイトアスパラ、リドヴォ、アンチョビ
小さく刻まれたリドヴォと、その脂をぜんぶ吸ってくれそうなアスパラ。
小さなつぶつぶの塊は、食材ではなく味そのものを味わってねというエクスキューズなのだろう。
Tirpse_pomfret

・まながつお、筍、からすみ、卵黄
今回ダントツ、春田さんの自信が感じられるひと皿。
というかたぶん、まだ2016年半分残っているけど、年末に今年の10皿を挙げよと言われたらたぶんこれは入るな…と思う。
自信というのは、たぶん、これは同じようなパターンで試行錯誤が重ねられた結果、たどりついたバランスなのではないかという気がしたからだ。

最初に感じるのはまながつおの魚の独特の風味と、香りの強いからすみ。
塩はけっこう思い切って使ってる。けれど塩辛くはなく、バランスはとれている。
魚-魚卵-卵黄で、素材の特性が少しずつ重なっている。
魚くささと、卵の濃厚さ。からすみの塩分。脇役の香ばしい筍。

ポイントは、卵黄のソースのもったりした感じかなと思った。
まながつおは水分が少ないので、しゃばしゃばしたソースだと味がのらないですから…とのこと。
そうそう、私もそれを思っていた。
まながつおにしゃばしゃばは合わない気がする。たとえどんなにきりっとした酸味のソースでも。
まながつおはローストでしっかり焼くとたぶんおいしくない。
だからといってちょうどの火入れにしたら、ソースがないとたぶん物足りない。

あとで聞いてびっくりしたのが、これは削ったからすみと卵黄のソースではなく、削った卵黄とからすみのソースだったらしい。つまり、からすみと卵黄の見た目が逆にしてあった。
これ、食べた人で気づいた人は少ないんじゃないだろうか?
削りには、卵黄を乾かして削ったものが混ぜられているそうで、ソースは、からすみが多く使われたオランデーズソースのようなものらしい。

「何かわからないけど春田さんの料理にすごみを感じる」と思うのはこんなときだ。
このあいだの加藤順一さんとのコラボの、ピスタチオを削ったやつもそうだった。

味覚と見た目が微妙にずらされているものを、私たちは複雑で、なにかわからないものとして感じる。
わからないのがおもしろいと思えるか、考えるのが面倒だと思うかは、受け手しだいだ。
本当は、おいしいおいしいと言って、楽しく食べてしまえばいいのだろう。
われながらめんどくさいな。
Tirpse_wagyu

・和牛、茄子、コールラビ、ミント
部位は不明。もも部分かな。脂が乗っている。火入れはレア。
それを中和させているのが、脂を吸う茄子と、刻まれたコールラビのピクルスと、ミントの香り。
足し算に引き算に引き算。
ミントと和牛が合うのが意外だった。
Tirpse_dessert1

・パンナコッタ、グレープフルーツ、ヨーグルト、シャンパーニュのメレンゲ
デセールは中村樹里子さん作。
春田さんの料理と中村さんのデセールの組み合わせは、もちろんここでのこれが最後となるだろう。
お2人の料理がぴったりと合っている感じも好きだったな。
Tirpse_dessert2

細かいパーツを食感・酸味・甘味・常温・冷たいものと重ねて新しい味を作る手法は、春田さんの料理と合わせているのかなと思う。
樹里子さんの、Tirpseでのお昼のデセールのみのコース(1年限定。2016年6月末まで)は好評で、メニューが変わるごとに全部行った知り合いもいた。

今回も、グレープフルーツとヨーグルトの酸味、シャンパーニュとグレープフルーツのわずかな苦味と、食べ進むごとに楽しい。
主役の食材に何かの付け合わせという考え方ではなく、すべての食材をあわせて一つにする感じだ。

春田さんは、退職後は独立の準備をされるとのことなので、近い将来、たぶん新しい店でまた同じように料理を食べることはできるのだろう。
だけど、今日の料理はTirpseという場とともにあるのだろうし、味付けや取り合わせに迷いがないというか、思い切ったダイナミックな感じを与えているのは、間違いなく彼の若さだろう。

今日のは通過点にすぎないですよ、と言われそうだけれど、次に出会う料理はきっと全く違うものになっているだろうという意味では、今日の料理は今後も忘れられない気がする。

TIRPSE(ティルプス)
シェフ;春田理宏(6月末まで)
東京都港区白金台5−4−7 BARBIZON25 1F
03-5791-3101
日曜休・月1回月曜休