1955年に公開されたジェームス・ディーン主演の映画「エデンの東」で、主人公の父親が、冷蔵保存したレタスを列車で運ぼうとするシーンがある。
舞台は第一次世界大戦前夜。カリフォルニア州サリナスで収穫されたレタスを、貨物列車を用いて、新鮮な野菜が枯渇する時期のニューヨークに3週間かけて運ぼうというのだ。
映画ではその試みは道中でのアクシデントにより失敗に終わるが、日本での青果パッケージの歴史が大きく変わるのは、その映画が公開された50年代ごろだ。

日本での青果包装の夜明け


日本での青果包装に於ける50年代とは、ちょうど、木箱全盛の時代から、ダンボール箱輸送が取って代わり、個別の青果の包装に用いるためのセロハンなどの資材が開発されたころと重なる。
本書の著者は、青果包装会社「精工」の社長。創業100年超、創業者の祖父が印刷業を始めたところからスタートし、現在は青果包装の国内シェア25%(2016年現在)だという。

青果包装の、他の包装と異なる大きな特徴は、生きているものを包むこと。
工業製品ではなく、旬も、色も、形も、匂いも、鮮度を保つための工夫も千差万別の青果が相手で、一つひとつ対応を変えていく必要があるのだという。

例えば、水分に弱くてすぐカビが生えるミニトマト。
ミニトマトはフィルムにいくつか穴を開けて、包装内を湿度過多にならないようにする必要があるそうだ。かといって孔が大きすぎると虫が入る。また、同じ種類の野菜や果物であっても、品種や収穫の季節、産地や栽培方法の違いでどれも一律にはいかないという。
同じポリエチレンフィルムでも、作物に合わせて水分の透過性やフィルムの中の水蒸気の保湿性を考慮に入れて、場合によっては、孔を開けるなどの後加工が施される例が出てくるのだそうだ。

青果包装の3つの役割


青果包装の役割は、本書によると次の3つ。

1、青果の見栄えを良くする
2、青果の鮮度保持
3、情報発信


「精工」の青果包装のスタートは、1950年代はじめごろ、みかんなどを輸送する木箱に貼る絵の印刷だったそうで、当時は絵は無名の洋画家に依頼していたという。
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50年代当時のラベルデザイン

その後、和歌山県特産の三宝柑と、淡路島の鳴門オレンジを扱うようになり、味は良いが皮表面の色つやが悪い三宝柑を黄色いセロファンで包むというアイデアが生まれたのだそうだ。また、同じ頃、甘夏と夏ミカンを見てわかるようにするため、ここにも、一つひとつをセロハンで包むという需要が生まれた。

これらの工夫はそもそも、従来の、生産者が直接消費者に売っていた地産地消の時代には必要なかったものだ。
生産者と消費者が直接「三宝柑は色は良くないけど甘いよ」とか「これは甘夏でこれは夏ミカンだよ」というような会話ができていた時代はそれでよかった。スーパーマーケットに日本全国の食品が並べられるようになり、農地と消費地が離れ、青果包装の重要性が高まっていったのは必然なのだ。

その後需要が高まっていったスーパーでの陳列で見栄えを良くするために、すいかを切って販売するパッケージ、キウイなどまとめ買いを促進するパッケージ、生産者の顔写真や青果の料理レシピを載せるパッケージなどが生まれたのはご存知の通りだ。
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また、これらのパッケージの作成は、旬があるという特性上、季節ごとの需要に大幅なばらつきがあり、本書では、それらのノウハウを積み上げて行った過程を読むことができる。現在では、印刷が以前よりさらに短期小ロットで動かせることによって、イベントごとの包装など、農産物にわかりやすい付加価値をつけるための対応が可能になったそうだ。

これら青果パッケージのようなbtobの商品の開発の歴史やノウハウを、私たち一般消費者が知る機会は少ない。
そういう意味では本書は、一般的にあまり知られていない多くのエピソードを通して業界の一端をのぞける、類書のない本である。

余談だが、パッケージの専門会社の書籍ならでは、本のデザインも見どころ。
表紙をやわらかい並製本にして、透明なカバー、表紙のすいかには実際にフィルムを貼るなど、本作りの細部にも本業のノウハウがうかがえる。
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未開封の包装史―青果包装100年の歩み
林健男 著
発行:ダイヤモンドビジネス企画(2017年1月)
発売:ダイヤモンド社
本体1,500円+税
ISBN:978-4-478-08409-0