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上村さんのアスパラガス

「手でお召し上がりください」。

アミューズに出てきたのは、名残のホワイトアスパラガス。
ソースは2種、ビネガーのソースと、みかんのソースだ。
みかんのソースの濃い甘酸っぱさが印象に残る。
ソースをもう少し食べたい。
が、アスパラは3口で食べ終わってしまったし、パンはまだ出てないし、カトラリーはない。
いいってことだよね、と、ちょっと行儀は悪いが、ソースを指ですくいとってなめる。
甘い。

あとでシェフにたずねると、それで正解だった。
「子どものころの、手でつまんで食べたり指でなめたりしたときのことを思い出してほしいと思って、あえてフォークはつけませんでした」。
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スナップエンドウ

これも、手でつまんでひと口で食べるタイプ。
スナップエンドウとエンドウのクリーム。
嚙む前に、鮮烈な豆の香りがした。
香りの正体は、上に載ったカラスノエンドウ。
ゴマ粒のように小さなその生(なま)のままの豆が、これほどの香りを放つらしい。
スナップエンドウの香りをより印象的に補うために、近所でカラスノエンドウを摘んできたのだそうだ。
そんなことができるのも、「里山からのガストロノミー」とうたう、自然に囲まれたこの店ならではだろう。

5月。今日も快晴。
庭には生まれたばかりの子ヤギが2頭、2個の小さな白い毛玉のように走り回っている。
その向こうには雄大な富士山。空の色が高い天井まで映えるガラス。
雲が流れていくのが大きな窓からよく見える。

私にとっては1年半前、Villa Aidaとサスィーノのコラボイベント以来の、久し振りのビオス。
遠くに富士山を、近くにヤギと畑を望む風景は、いつ来ても変わらない。
「いらっしゃい」とドアを開けてくれるオーナー・松木一浩さんの笑顔もいつものままだ。

変わらないビオスで、変わったのはシェフ。
本岡将(もとおか・まさし)さん弱冠24歳。シェフになったのは昨年(2017年)7月。
スペイン・バスク地方の「ココチャ」(1つ星)や、パリの「agape」で修業、帰国してすぐにこちらのシェフに就任したのだそうだ。

長谷川さんのマッシュルーム
スナップエンドウ
上村さんのアスパラガス
内房の筍
新玉葱のブルーテ
岩本さんの大岩魚
コック・オー・ヴァン
桜海老のメロロソ
バナナ・ティラミス・薩摩芋


今回の旅で、Aida(和歌山)、ナカモト(京都)、ビオス(静岡)と繋いだのは理由があった。
ひとつは、なかなか「ついで」ではうかがえない場所のレストランへ行くこと。
もうひとつは、Aida-ナカモトという個性あるイタリアン2軒、Aida-ビオスという農園・レストラン兼業の2軒に続けて行くことだった。

ビオスでも、Aidaと同様、常時60種類ほどの野菜を周辺の畑で育てているという。
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内房の筍

単なるローストではなかった。
ゆがいてはいないのだそうだ。
じんわり甘く、筍の中から魅力的な筍でない香りが立つ。
正体はバター。

筍の甘みが出る30-50度の火入れを長く保っているのだという。
筍の中にはバターがしみこんでいて、ゆでずに焼いた筍からはえぐみが抜けて、わずかな苦味にバターの油が合う。苦味に油、こしあぶらやぜんまいの天ぷらのうまさを思い出させる、あの系統の苦味だ。
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新玉葱のブルーテ

玉葱ってこんなに甘かった?というようなふんわりした風味。
これも、野菜の甘みの魅力を前面に出した料理だ。
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コック・オー・ヴァン

え、ここビストロですか…と思いつつ、何かのアレンジか再構築かとも思いつつ待ったら、本当に、まじめにコックオーヴァンだった。
ああ、でも、ちゃんとおいしいコックオーヴァンを最後に食べたの、何年前だろう。

素朴な見た目。しかし、めっぽう香り高く、甘く、食べやすい。
いちどほぐしてから食べやすくしてあるとのことだった。
赤ワイン強め。まかないのように、気取りがない。
無心で鶏を切り分けていると、料理についていろいろと考えるのは中断して、メモを取るのも忘れ、リラックスしている自分に気づく。
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桜海老のメロロソ

スペイン・バレンシアのコメ料理「メロソ」的な〆のごはん。バスク仕込みかな。
静岡らしく海老は名産の桜海老。
海老の旨味が凝縮されていて、こちらも比較的甘めで仕立てている。

キーワードは「甘さ」


ホワイトアスパラのみかんのソースの甘さ、筍のバターの油甘さ、新玉葱の根菜独特の甘さ、コックオーヴァンの煮込みの独特の甘さ。
本岡さんの料理の今回のキーワードは「甘さ」だ。
ひと口に甘さといっても位相はいろいろだなと気づく。
コクの強い弱いや、甘さそのものの違いがよくわかる。

「甘い料理が好きなんです」。
本岡さんにたずねると、率直なコメントが返ってきた。
塩分をきかせたくないときに、甘味で旨味を際立たせているのだという。

ビオスの料理には、突き詰めてキリキリしている感じよりは、甘さのほうが似合う。
それも、酩酊するのではなく、胸襟を開いてくつろげるやさしさのほうだ。

くつろいで疲れを癒すのがレストラン…「休む場所」の本義だとするならば、ここビオスほど、レストランと呼ぶのにふさわしい場所は、そうそうない。

最寄りのJR富士宮駅からでもクルマで15分ほどかかる、小高い丘の上にあるビオスは、何かのついでには来れない場所だ。
あくせくとした日常を離れてここに座ってしまえば、今日はもうあとのスケジュールはなくて、お店を取り囲むゆったりとした時間に身をゆだねるしかない。

ビオスのこの環境を「自分の理想郷で、大切な場所」とてらいなく語る本岡さんの手から生み出される料理は、人の心を慰撫してくれる優しさがある。
その「優しさ」には、理由があった。


「幸せ」だけで料理をしたい


本岡さんの料理のルーツは、管理栄養士をしていた彼の祖母であり、本岡さんはその祖母から料理のセオリーを教わったのだという。
そのことが、彼の料理の理想を、家庭で家族に作るような、愛情や幸せを相手に手渡すような方向の料理に向けた。

人生の挫折も、苦労も、諦念もある程度(彼よりは、たぶん)舐めてきた人間には、この「甘さ」は身に沁みる。

大げさに言えば、私自身がかつて持っていて、すでに失ってしまったもの、でも今でも持ち続けていたいもの…たとえば人間の理想、挫折を知らなかったころの希望、無条件でひとに与える愛情……を慰撫するものが、本岡さんの料理とこの環境から感じられるからかもしれない。
そう錯覚させるのも、シェフとフロアの距離が近いレストランならではだろう。

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標高約200mのこの場所には、1日、1ヶ月、1年と、さまざまな時間の単位で循環する物語がある。
それは例えば、地上より少し輪郭がくっきりとした四季の訪れであり、その日の天気を感じ取れる大きな窓であり、旬ごとに作物が変わる畑であり、草をはむ山羊の親子の姿である。
そのさまざまな長さの物語がすべて交わるこの瞬間、場所に、いま私はいる。
それがリアルに実感できるところが、ビオスの魅力なのだと思う。

料理を頂いていると、キッチンから、エプロンをつけたままのシェフがパタパタッと庭に出ていく。ハーブを一握り摘んで、またパタパタッとキッチンへ戻っていく。そしてそれがそのまま、次の料理に添えられて出てくる。

たったいま庭から摘まれたハーブは、切り取られた循環する時間そのものとして、そのまま料理の…いや、すでにこの物語世界の一部となっているのだ。

レストラン ビオス
http://www.bio-farm.jp/
静岡県富士宮市大鹿窪939-1
0544-67-0095
火・水休
シェフ;本岡将



るるぶキッチン「本気の美食」に、レストランビオス掲載されています。文は浮田泰幸さん。